日本はまだ肌寒いのでセブ

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2018/3/1(木Thu)

ラウンジに入るが今朝は韓国行は全部満席、次の便までここで時間をつぶす。KALラウンジも行った。
大韓航空もアシアナも一日全部満席だったので空港から帰宅する


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2018/3/2(金Fri)

KALラウンジ行って、チェックインカウンタ行くと今日はすんなり乗れた
便は混んではいるのだが
関西空港も出発便で混む時間
Twayは韓国の格安航空
台湾のエバー航空
アシアナの機内食は最近はビーフは無くなってチキンの天丼風、1時間20分で韓国のインチョン空港に到着
インチョン空港にてアシアナラウンジで休憩、中のトイレは立ったら自動で流してくれる優れものだがウォシュレットの操作ボタンはハングル文字では判らない
空港内シャトルトレインの案内、判ってる人には判るが知らない人にはイマイチの韓国風のご案内、日本でも同じような事は多々見かける
セブ行きOZ709便の離陸は21:49、食事はこれしかなかったイマイチ判らない魚でもなくキノコ丼のような味
AnthonyBagarinaoと名乗る彼はセブ島西岸バランバンの町にある常石造船所に努めていて南米のホンジョラスの支社を尋ねたと、スペイン語は数週間の講習で話せるようになったそうな、フィリピン語はスペイン語の単語が沢山あるから楽なのだそう。



2018/3/3(土Sat)

飛行機はセブには朝2時頃到着、朝食にマクドナルドに来た、この後で今夜のカガヤンデオロ行きのフェリーのチケットが取れた、ボンボンの家の娘のプリンセスに連絡したら今はカガヤンデオロに居るが親父に連絡して来てもOKだと返事があった
ピア3にあるターミナル2にやってきた
ターミナル内のバスはこの船まで送ってくれました
カガヤンデオロへの出航は午後7時
私はここで夕食、ビールとチーズと日本から持ってきたおにぎりツナマヨネーズ
ゴム製救命ボートは白いドラムに入っていてこの船も救命用途か?
正面はロビンソンガレリア
望遠で見えるのはフェンテオスメニアのクラウンリージェンシーホテルのハズ
マイクロバスは続いて乗客を運んできた
短波通信のアンテナが沢山ある、無線がしたくなった
セブの山に夕陽が落ちる




2018/3/4(日Sun)

船は朝五時にカガヤンデオロに到着このcokaliongコカリオン社フェリーから降りて来た
カガヤンデオロに朝日が昇りだした
同じセブ発の他社便の船、セブの出航が一時間後のトランスアジアのフェリーがやって来た、私の乗ったコカリオン社とほぼ同じ時間なので今日は早く着くようだ
アゴラバスターミナルまで荷物も含めて25ペソと言うのでお願いしたトライシクルでは30以上取られるからだ
このミニバンに乗ったのは良いが一時間以上待たされた、皆さんP120だが私はドナイして値切るか考え中、バンはアゴラバスターミナルを朝7時20分に出発
今日の運転手、降りる時にP120払えと言ったが「私は毎月来ているのでスタッフも私の顔を知っているから乗る時にP100にしてくれた」と言ったらそれ以上は何も言わなかった、おとなしい運転手
プエルトまでやって来た、私は真っ直ぐ行くが山の方の道を進むと夜にはダバオに着く
バスはプエルト陸橋を越えてまだ1時間半程走る
車はゆっくり走って、何かやってるぞ
この人だかりの道路端には三人程倒れていた
バイクは大きくは壊れてないがぶつかった形跡はある、周りの人が怪我人を道端に移動した事故直後のようだ、バイクの向こう側で倒れた人を介抱している
暫く走ったらバスが止まって物売りがやって来た、この辺りの水田は日本のように寄せ植えをしている、ばら撒く栽培では収穫が少ないのが判って来たようだ
バスが止まったのは道路工事で一方通行だから、直ぐに商売に結び付ける現地人、この国では日本でなら数日で終わる工事が一か月掛けて行うので商売もゆっくり見つけやすい
工事区間終わり、建設重機が見える
バリンゴアンには9時10分到着、フェリーの時刻表を見るが10:15にスケジュールがあるぞ
チケットを買う時から気になっていたが買い終えると本人に承諾を得ないで思わすシャッターを押してしまった
船はまだ出航しない、beehiveに今日はボブとRyoutaとラファエルといるらしい
私はエアコンの効いた部屋に、思わず写真撮った可愛いお客さん
この船の出身が判明、船名おおしま。フェリーは昼過ぎにベノニに到着、Ryoutaがバイクで迎えに来てくれていてカタルマン経由でカティバックbeehiveに到着16:30
Ryoutaに午後4時半にはボンボンに送ってもらった
Akiraは寿司太郎を作り出した、現地米でも美味しく頂ける




2018/3/5(月Mon)

ベルギー語で悪い相談かい?
ラファエルが所有者にお金を支払って山から切り出して来た木
スライスして椅子やテーブルに加工
多くは無いが暑い国なのでいつもある花
この時期は蒸し暑くはないが半袖でないと暑い
上空は雲がいつも動いている、近くにあるミンダナオ島に吹き付ける海風
山の中の家
拡大して撮ってみた日本にもある花だと思われる
この山の中で切り出して道路に運んだ木を明日はトラックでbeehiveに運ぶらしい3トン位の中型トラックは半日でP3500
beehiveに戻って来た
ボンボンの家にはカガヤンデオロに行っていたプリンセスが戻って来た



2018/3/6(火Tue)

朝早く午前1時頃から何度も雨が降る、雨が降る度に掛け布団が必要な程寒い。夜が明けた朝から雲が水面に映るボホール島の方向。AKIRAはいつもプリンセスの部屋で寝るのだが居間で親父とソファを並べて寝ていた
Beehiveに朝7時にやって来た朝から虹が出てくる
カタルマンの修理工場ENGERの工場
Bonbonボンボンの家の裏の海に反射する夕陽



2018/3/7(水Wed)

今朝は雨は降らなかった真北のボホール島の方向
北東のボホール島の方向



2018/3/8(木Thu)

残して帰る物を写真撮って4:50出発
マンバハオ空港も朝5時20分を過ぎると明るくなってくる、晴れていると5時半には外で新聞が読める明るさになる
5時50分に飛行機は到着
これから乗ります
私は最後の搭乗客
滑走路07に向ける
見えるのはマンバハオ空港建物
マンバハオを離陸して25分でセブ空港に到着
着地と同時にヘリコプターが離陸して行った




2018/3/9(金Fri)

朝からジョギングした。
日本円の両替レートは0.4860だったので30万円を両替して145800ペソになった
シリラとシリラの孫



2018/3/10(土Sat)

ジョギングして午前はayala近くに住むMimiと逢う、午後はTalisayから来たERICILに逢った。セブの町には新しいビルが高層ビルが建つ



2018/3/11(日Sun)

Tataと彼女の息子



2018/3/12(月Mon)

アシアナ航空午前1時50分離陸の予定がメンテナンストラブルで朝5時の時点でこの状態、韓国の人が沢山怒鳴っていた。尋ねると今日は飛ばせないからホテルを用意するそうだ、英語の判らない日本の人が沢山いたので私が説明して世話する事に、現地通貨は使い切ったのでドナイしたら、明日は就職先の初出社の日なのにドナイしよう遅延証明は出せるのか、自宅に電話したいが、大勢の不安な人が居たので私が航空会社との対応窓口に、一緒に行動したのは福岡や仙台から来た9人の日本人の添乗員になった。
朝7時にMAAYOホテルに向かうMandaue市、6階までテナントの入った大きなホテル
ホテルに着いても250人程もチェックインするのだから時間が掛かる、朝食と昼食は着いているが部屋の鍵を受け取ったのは朝10時を過ぎていた朝食昼食とも仙台から見えた米山さんご夫婦とご一緒した。
この部屋をあてがわれたが、飛行機が夕方5時の離陸予定では一時間の仮眠が出来ればいい方だ。昼食は一人P800まで無料、超えると支払いが発生する、部屋のシャワーは熱いお湯しか出ない、他の部屋の客も同じ事を言っていた私は修理させたが駄目、チェックアウト時に言ったが出来立てのホテルなのでと言い訳ばかり。
日本人夫婦と一緒に食事して二つの部屋の番号と私のサインをして一緒に昼食を清算したらP1700、チェックアウトの時に800を超えた分を払えと、ちゃんとコンピュータみて確認しろ、と言ったら「それでも二部屋で1600迄だから100払え」と言う、あのね一人P800と言ったのでしょ、三人ならP2400まで無料だよ、私は一人で一部屋だが夫婦の部屋は二人なのと説明、結局私のサインした紙を持ち出して確認しないと判らない人たち、支払い完了証明を出せと言ったが出せないと言うので食事時にサインした用紙のコピーを請求した。

午後三時チェックアウトの時は韓国の人と一緒だが、彼らは高校生くらいの大きな子供をベビーカーに乗せて毛布を掛けて飛んでもない甘やかしよう、似た状況に度々遭遇するので障碍者かと思ったりするが子供は時々ベビーカーから降りて歩く、親がベビーカーを持参している事が信じられない。彼らの国では同じ機に搭乗するパイロット同士で殴り合いの喧嘩して運航が遅れるなど、冷静に判断できない人間が出来るわけだ。
朝から雨の続く中を大小二台のバスに分乗してセブの空港まで戻って来た午後4時、この後はホテルに泊まらなかった現地人乗客が時間通りに空港に来ないので搭乗口で何時間も待たされて遅れる。
セブの空港を我々のOZ710便が離陸したのは午後8時、もうすぐ今日のOZ710便が出発する時間だ、セブ出発前に遅延証明も乗客の名前を入れた物を作成してくれて本人に渡すことが出来た世話した私もホッとする
魚のフライと御飯又はお粥しかなかった、前者にした



2018/3/13(火Tue)

インチョン空港に着いたのは夜中午前1時過ぎだが小学生を抱っこする韓国人夫婦、眠いのは判るがそれが旅なのだと教えられないのだろうか?この親もまた同じようにして育てられたから、こういう対応が当たり前になってしまう、これでは何歳になっても何世代経っても何が正しい行動か自分で判断できないのも理解できる、歴代の大統領しかり。19世紀以前の李朝時代と変らない。今日は中学生高校生を抱っこしてるのは見なかった。中高生はいなかったのかも。
この上から毛布を掛けていたが、どこまで甘やかしたら気が済むのか、背負い用具を用意しているのが信じられない、自分で足をブラブラしていたから起きられると思うのだが親は子供とのそのような対話努力もしない、眠いのは判るが親も子も抱っこして当たり前の状態、これが韓国の人の常識、親子孫と同じ教育が代々引き継ぎ行われるから国が良くなったりしない
韓国に入国し、インチョン空港到着階にあるアシアナのカウンターに来ました、飛行機が飛ばないだけで沢山の日本人乗客が困った不安がった旅だった。私としては24時間近く皆さん全員に対して最大限努力したので仙台から来た右の女性は「他人のこんな優しさに触れたのは初めて、人生捨てたもんじゃないなと思いました」とお礼にと空港で待っている時間は私の肩や背中のマッサージしてくれた。
このカウンターでホテルの無料宿泊手続きをしてくれる。
宿は仁川市内のDAYSINNのホテル、ここに着いたのは朝3時前、この宿は部屋に洗濯機、電子レンジ、IHコンロ、調理器具に洗剤等も備わって長期滞在が出来るようになっている。
朝4時過ぎにシャワーは終わったが朝6時のバスで空港に向かうには俺は何時間寝られるのだ?朝4時半にモーニングコールをお願いしたがコンピュータのモーニングコールだった一応は女の声にしてあるが全く味気ない。

午前六時前にホテルをチェックアウトする時に話した日本人二十歳くらいの女性は同じアシアナ航空の便で福岡に予定なら昨日帰って今日は仁川経由でサンフランシスコに行くつもりだったと。
それで今日は福岡に帰ったらサンフランシスコの荷物を取って直ぐにまたインチョン空港に来て大韓航空でサンフランシスコ行きに乗ると、サンフランシスコ便は午後三時頃の出発だから間に合うそうな。

この後は朝8時5分発のOZ112便で無事に関西空港に帰ってきた。 色々と大変だったが無事に帰れた事に感謝 ! 
インチョンでは無料だからとホテルに泊まらない方が都合よかったのだが何事も新しい事をやってみるべしと思ってアシアナが用意してくれたホテルにチェックインした、それなりに良い経験だった。そしてアシアナのスタッフとも仲良くなった。warren O espinosa


End